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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)171号 判決

フランス国75116 パリ アヴニュ ドゥ マラコフ 121

原告

ビュル エス アー

同代表者

ミッシェル コロンブ

同訴訟代理人弁理士

越場隆

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

本田紘一

田口英雄

奥村寿一

長澤正夫

主文

特許庁が平成2年審判第6163号事件について平成3年2月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一 原告の請求

主文同旨

第二 事案の概要

本件は、拒絶査定を受け、不服審判請求をしたものの、審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決は、一致点の認定を誤り、また、技術的課題(目的)及び作用効果の差異を看過して相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきであると主張して、審決の取消を請求した事件である。

一 争いがない事実等

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年9月2日、名称を「データ担体に対して可動系の速度を測定するための速度測定装置」と題する発明(以下「本願発明」という。)について、1979年9月21日フランス国への特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和55年特許願第120732号)をしたところ、昭和63年1月8日特許出願公告(昭和63年特許出願公告第867号公報。以下この特許出願公告公報を「本願公報」という。)されたが、株式会社日立製作所から特許異議の申立てがあり、平成元年8月25日特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに拒絶査定を受けたので、平成2年4月24日査定不服の審判を請求し、平成2年審判第6163号事件として審理された結果、平成3年2月14日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年3月25日原告代理人に送達された。

2 本願発明の要旨

次のとおりの測定装置

(イ)(1) 複数個のトラック上に記録されるデータ担体に関して可動にされた装置の速度の測定装置であって、

(2) 当該トラックのアドレスは、該担体上で該トラックと少なくとも同数にされた複数個の基準ゾーン内に書き込まれており、各トラックは少なくとも1個のゾーンと関連されており、

(3) 該可動装置は少なくとも1個のデータ読取りヘッドを含んでおり、

前記装置には:

(ロ) 該ヘッドによって読み取られるアドレスの所定の標本化時点tn=nTにおける決定のための手段CIRCADであって、ここに、nは整数であり、前記標本化時点はT秒に等しい時間インタバルで分離されているもの、及び

(ハ) 同一時点において、所定の接続時間の時間インタバルによって分離された標本化時点においてヘッドにより読み取られたアドレスの間の差の関数として、該可動装置の速度vを計算するための手段MESVITが含まれており、また、

(ニ) 該可動装置の速度vを計算するための前記手段MESVITには、

(1) 標本化時点tko=nT+koT及びtn=nTにおいてヘッドによって読み取られたアドレスADL(nT+koT)及びADL(nT)の差の関数として該可動装置の測定された速度vmを計算するための手段CALVITであって、ここに、koは整数であり、時点tkoにおいて測定された速度vmは同時点における実際の速度vには等しくなく、時点tko-θにおける速度に等しいものであって、ここにθは平均的な予測遅れとして定められるもの、

(2) 該測定された速度vmの平均的な予測遅れθの影響を補償するための手段COMPRETであって、補償信号γFを供給するようにされているもの

(3) 測定された速度vm及び補償信号γFを受け入れ、前記測定された速度及び補償信号を加算するための手段ADDVであって、その和(vm+γF)は該可動装置の実際の速度vに実質的に等しくされているものであって、ここに、koは(vm+γF)での誤差を定める“cost関数”を最小にするように算出されるもの、

が含まれている前記装置

3 審決の理由の要点

(1) 本願発明の要旨

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2) 引用例

昭和54年特許出願公開第12082号公報(以下「引用例」という。)には、次のことが開示されている。

(ⅰ) 複数のトラックを備え、そこに情報が記録されるデータ担体(ディスク11)に関して可動にされた装置(ヘッド10及びその作動装置12)の速度を測定する測定装置を有するものであって、該可動装置は少なくとも1個のデータ読取りヘッドを含んでおり、

(ⅱ) ヘッドの位置変換回路22を備えており、

(ⅲ) 「基準速度信号は入力端子30に与えられる位置決め指令に応じて通常の態様で生成される。位置指令は、ヘッドに関する現在のトラック位置と、ヘッドが到達すべき目標位置との間のトラックの数に相当する値を差計数器31にロードするものである。ヘッドが目標位置へ動かされるとき、位置変換回路22からの位置信号のゼロ交差はゼロ交差検出器32によって検出される。ゼロ交差検出器32の出力は相次ぐパルスであり、これによって、差計数器31の内容はヘッドがトラックを横切る毎に減じられる。差計数器31の出力は(中略)ディジタルーアナログ変換器34に与えられる。ディジタルーアナログ変換器34は(中略)ヘッドと目標トラックとの間の瞬時絶対位置誤差を表わすアナログ階段波信号を生ずる。(中略)加え合わせ点36から生ずる平滑化された絶対位置誤差信号は関数発生器37に与えられる。関数発生器37から線25に生ずる出力は(中略)基準速度信号である。」(5頁右上欄10行ないし左下欄20行)と書かれており、

(ⅳ) 「フィードフォワード制御信号は、フィードフォワード電流発生器20において発生する。(中略)これは作動装置によってヘッドを或るトラックから別のトラックへ最短時間で移動させるために公称システムにとって必要な作動電流を表わしている。(中略)しかしながら、公称システムと現実のシステムとの間にはパラメータの差があるので、正確な位置決めを行うために、システムの実際の応答が測定されて、フィードバック制御系に与えられる。」(4頁右下欄10行から5頁左上欄5行)と書かれ、また、「フィードフォワード制御信号が100%正確であるとすると速度誤差は、完全に無くなる。」(8頁右下欄6行ないし8行)と書かれている。

(ⅴ) 「線16に生ずるフィードフォワード制御信号と線17に生ずるフィードバック制御信号とは加え合わせ点18において加え合わされ」(4頁右下欄4行ないし7行)と書かれている。

(3) 本願発明と引用例記載の発明との対比

本願発明を引用例記載の発明と比較すると、本願発明の上記(イ)と(ロ)の構成は引用例記載の発明の上記(ⅰ)と(ⅱ)に対応し、(ハ)と(ニ)の(1)は(ⅲ)に、(ニ)の(2)は(ⅳ)に、(ニ)の(3)は(ⅴ)に対応する。そして、両者は同様の機能を有する装置であると認められる。したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、それぞれの具体的手段において下記の相違点があるのみで、他は一致していると認められる。

〈1〉本願発明においては、上記(イ)の(2)、(ロ)、(ハ)及び(ニ)の(1)に記載されているように、ヘッドの移動速度をトラックアドレスの差に基づいて計算しているのに対し、引用例記載の発明は、差計数器31にある現在位置と目標位置との差を表わす計数値に基づいて関数発生器37で発生している点で相違している。

〈2〉本願発明は、「予測遅れθの影響を補償するための手段COMPRET」を有するのに対して、引用例にはその点が明記されていない点で相違する。

(4) 相違点についての検討

上記〈1〉については、所定時間毎のアドレスの差は、その間に移動したヘッドの移動距離を示すものであること、及び速度は距離を時間で除したものであることは技術常識であるから、本願発明のようにして速度を測定することは格別新しい考え方とは認められず、しかも、引用例記載の発明に比べて特に効果が顕著なものとも認められないので、この点は、必要に応じて適宜採用できる程度のものと認められる。

次に〈2〉について検討すると、本願発明では、上記速度vmを実際の速度vと等しくするために補償信号γFをvmに加えてv=vm+γFとなるようにしているが、引用例のFiG.1に図示された回路における18、20、24の部分は、基準速度から実測速度を引いたものvm-vにフィードフォワード電流発生器20からの信号(これを仮にγGと表すことにする。)を加えるようになっており、速度制御はvm-v+γGの値が零となる(すなわちvm-v+γG=0となる。)ように行われるので、v=vm+γGが成立し、したがって、引用例に示されたフィードフォワード電流発生器20は本願発明の「予測遅れθの影響を補償するための手段COMPRET」に相当することは明らかである。それゆえ、この点も、「平均的な予測遅れθ」等の表現上の差異は見られるが、実質的な技術内容において同様のものが引用例に示されているものと認められる。

(5) 結論

以上のとおりであるから、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当該技術分野の通常の知識を有する者が容易に発明できたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4 本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果(この項の認定は甲第2、第3号証、第5号証の1による。)

(1) 本願発明は、データ担体に対し可動系の速度を測定するための装置に関する(本願公報3欄26行ないし27行)。

現在の慣行によれば、可動系の速度は、該速度に比例する振幅を有するアナログ信号を発生する電気機械的変換器によって測定されている。電気機械的変換器及びそれに関連のアナログ回路によって構成される装置は、極めて正確でなければならず、したがって費用が嵩まり複雑であるという不利点を免れない。本願発明は、このような不利点を除去し、完全に画定された時点でデータ担体と関連の読取りヘッドによって読み取られるアドレスから速度が決定されるようにしたデータ担体に対する可動系の速度を測定すること(同6欄28行ないし43行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲1)記載の構成(手続補正書頁2枚目3行ないし4枚目3行)を採用した。

(3) 本願発明は、前記構成により、前記(1)の欠点のない、かつ、構造が単純で動作が容易であって主として論理回路が用いられるから、信頼性が極めて高く、上記の電気機械的変換器の使用を省略することができる(本願公報6欄44行ないし7欄4行)という作用効果を奏するものである。

5 引用例には審決認定の技術内容(前記3(2)の(ⅰ)ないし(ⅴ))が記載されている(なお、別紙FIG.1ないしFIG.6参照)。

6 本願発明と引用例記載の発明とは、審決が一致点として認定した点で一致し(ただし、後記二の争点1ないし3に係る点で一致するかどうかは除く。)、審決が相違点として認定した点で相違する。

二 争点

1 争点1

本願発明の(ハ)及び(ニ)の(1)と引用例記載の発明の(ⅲ)とが対応するとした審決の一致点認定が誤りであるとする原告の主張の当否

(原告の主張)

本願発明のCALVIT((ハ)及び(ニ)の(1)の構成)は、測定された速度vm(これは測定速度すなわち実測速度である)を計算する要素であり、CALVITの出力は測定速度vmである。これに対して、審決でこのCALVITに対応するとされた引用例記載の発明の(ⅲ)は、予め決められた関数によって与えられる基準速度の計算手段であり、関数発生器37から線25に生じる出力は基準速度信号である(引用例5頁左下欄18行ないし20行)。当然のことながら、測定速度は予め決められた関数値からは求められず、基準速度信号とは異なるので、本願発明の(ハ)及び(ニ)の(1)と引用例記載の発明の(ⅲ)とは構成を異にする。

したがって、審決の認定は誤りである。

(被告の主張)

本願発明の(ハ)及び(ニ)の(ⅰ)の構成における「ヘッドによって読みとられたアドレスADL(nT+koT)およびADL(nT)の差の関数として該可動装置の測定された速度vmを計算するための手段」として引用例記載の発明の(ⅲ)は対応する。

すなわち、ヘッドに関する現在のトラック位置の各トラック通過毎に該位置信号を時間的経過を経て順次送らせて位置変換回路22を経て、各信号に基づき、差の関数として関数発生装置37により、可動装置の測定された速度vmを計算するための手段は文字どおり(ⅲ)の構成に示されており、この場合は基準速度というべきである。系としても速度変換回路で測定された速度vmを計算するために補間器35を通して加え合わせ点36に加点されている。

また、例え、可動装置の測定された速度vmを計算するための手段を、可動装置の測定されたアドレス信号に基づいて速度vmを計算するための手段として考えたとしても、この場合、速度変換回路21がこれに相当するものである。

2 争点2

本願発明の(ニ)の(2)と引用例記載の発明の(ⅳ)とが対応するとした審決の一致点認定が誤りであるとする原告の主張の当否

(原告の主張)

本願発明の構成COMPRET((ニ)の(2)の構成)は、測定速度vmの平均的な予測遅れθの影響を補償するための手段であるが、これが引用例記載の発明における(ⅳ)の構成となぜ同じになるのかは明瞭でない。

審決は、相違点〈2〉の判断中でこの同一性について、「引用例のFiG.1に図示された回路における18、20、24の部分は、基準速度から実測速度を引いたものvm-vにフィードフォワード電流発生器20からの信号γGを加えるようになっており、速度制御はvm-v+γGの値が零となる(すなわちvm-v+γG=0となる)ように行われるので、v=vm+γGが成立し、従って、引用例に示されたフィードフォワード電流発生器20は本願発明の『予測遅れθの影響を補償するための手段COMPRET』に相当することは明らかである。」と説明している。

しかしながら、この認定判断は、争点1に係る一致点認定における判断と矛盾している。すなわち、争点1に係る一致点認定における判断では、引用例記載の発明の(ⅲ)(すなわち基準速度の計算手段)が本願発明のCALVIT(すなわち実測速度vmの計算要素)に対応するとしているにもかかわらず、争点2に係る判断では、実測速度vは引用例記載の発明の速度変換回路21で得られた実測速度(この実測速度が点24に加えられる。)とされ、記号もvmからvに変わっている。換言すれば、引用例の第1図の実施例では実測速度の測定装置が二つあることになる(一つは(ⅲ)記載の基準速度の計算手段であり、もう一つは速度変換回路21である。)。こうした矛盾に基づく対比は、全く無意味である。

したがって、審決の一致点認定は誤りである。

(被告の主張)

本願発明装置のCOMPRET((ニ)の(2)の構成)は、測定速度vmの平均的な予測遅れθの影響を補償するための手段であるのに対し、引用例記載の発明の(ⅳ)は、同様にフィードフォワード制御信号そのものが引用例の第3図で示されているように、予め遅れを予測して補償含みで上乗せするための信号であってみれば、予測遅れの影響を補償する点で技術的思想において極めて類似しているから、審決の認定は正当である。

3 争点3

本願発明の(ニ)の(3)が引用例記載の発明の(ⅴ)に対応すると判断した審決の一致点認定が誤りであるとする原告の主張の当否

(原告の主張)

本願発明のADDV((ニ)の(3)の構成)は、測定速度vmと補償信号γFとを加える手段である。これに対し、引用例記載の発明の(ⅴ)には、線16に生ずるフィードフォワード制御信号と線17に生ずるフィードバック制御信号とが加え合わせ点18で加え合わされて制御信号として増幅器15に与えられるということが記載されている。

しかし、争点1における原告の主張から明らかなように、引用例記載の発明において線17に生ずるフィードバック制御信号は測定速度vmではないので、本願発明の構成ADDVは引用例記載の発明の(ⅴ)に対応しないから、審決の認定は誤りである。

(被告の主張)

本願発明のADDVは、測定された速度vm及び補償信号を加算するための手段であり、これに対して、引用例記載の発明も、フィードフォワード制御信号に係るものは補償信号に相当するものであり、加え合わせ点18では可動装置の測定された速度vmが既に加え合わせ点17で加え合わされているために、結局は、本願発明のものと類似のシステムを構成する。

なお、原告は、変数v、vm、γGの関係について、v=vm+γGの符号の不一致を主張しているが、この関係は、三者の定性的な関係を述べたものであって、定量的な説明をしていないから、補償を指令する信号が加速減速時で異なるのは当然で、符号について論じても意味がない。

4 争点4

審決は本願発明と引用例記載の発明との技術的課題(目的)及び作用効果における差異を看過したため相違点の判断を誤ったとの原告の主張の当否

第三 争点に対する判断

一 争点1について

本願発明の要旨(ハ)と(ニ)の(1)の構成は、前記第二の一2の(ハ)と(ニ)の(1)に記載のとおりである。

また、甲第5号証の1によれば、本願明細書には、「計算回路CALVITは次のような仕方で測定速度vmを計算する。(中略)従って量lqは(ko×T)秒に等しい時間中、ヘッドTELが移動する距離を表わす。計算回路CALVITは式vm=lq/koTに従って測定速度vmを決定する。(中略)時点(nT+koT)で計算された測定速度は、この時点における磁気ヘッドTELの実際の速度vに等しくはなく、時点(nT+koT)-θにおけるこのヘッドの速度に等しい。ここでθは(ko+1)T/2に等しく、平均予測遅延量と称される。」(本願公報14欄4行ないし32行)との記載があることが認められる。

したがって、本願発明の(ハ)と(ニ)の(ⅰ)とは、可動装置の速度vを計算するための手段MESVITに含まれ、可動装置の速度vを計算するための標本化時点tko=nT+koT及びtn=nTにおいてヘッドによって読み取られたアドレスADL(nT+koT)及びADL(nT)の差の関数として該可動装置の測定された速度vmを計算するための手段CALVITに該当するもので、CALVITは式vm=lq/koTに従って測定速度を決定するものであるが、時点tkoにおいて測定された速度vmは同時点における実際の速度vには等しくなく、時点tko-θにおける速度に等しいものであることが明らかである。以上のとおり、CALVITは、周期koT毎にヘッドから読み取られるアドレス(ADL)信号に基づいて可動装置(ヘッド)の実際の速度を測定しようとするものであるといわなければならない。

これに対し、引用例には、第二の一3(2)(ⅲ)の記載があり、引用例に開示された(ⅲ)の技術内容とは、入力端子30に与えられる位置決め指令に応じて生成され、関数発生器37から線25に生ずる基準速度信号ということができる。すなわち、引用例記載の発明において、基準速度信号とは、位置決め指令に従って、関数発生器37によって設定されるもので、ヘッドを最短時間で目標トラックまで動かすのに必要な距離に応じて変化し、最悪の状況に関連した最高減速度でヘッドを減速しつつ目標位置に到達させるための速度であることが明らかにされている。そして、甲第4号証によれば、それは引用例添附の別紙FIG.4のb)図の曲線103に描かれたものであり、実際の速度を表わす同図の曲線102とは明らかに異なることが認められる。

そうすると、本願発明の(ハ)と(ニ)の(ⅰ)とは、実際の速度を計算する手段に相当するものであるのに対し、引用例記載の発明の(ⅲ)は、実際の速度とは異なる位置決め指令に従って変わる基準速度信号を表わすものであり、両者が対応するとした審決の認定判断は誤りであるというほかはない。

なお、被告は、関数発生装置37により、可動装置の測定された速度vmを計算するための手段は(ⅲ)に示されており、例え、可動装置の測定された速度vmを計算するための手段を、可動装置の測定されたアドレス信号に基づいて速度vmを計算するための手段として考えたとしても、この場合、速度変換回路21がこれに相当する、と主張する。

しかし、関数発生装置37が可動装置の測定された速度vmを計算するための手段でなく、基準速度信号を出力するためのものであることは、上述したところから明らかである。また、前記の引用例の記載に照らせば、速度変換回路21は速度vmを計算する手段に相当すると認めることができるが、もし仮に関数発生装置37が速度vmを計算するための手段であるとすると、引用例記載の発明には、速度vmを計算する手段が二つも存在することとなるが、甲第4号証を精査しても引用例記載の発明においてこの計算手段を二重に設けるべき理由を見出すことはできないから、この点からも、関数発生装置37が速度vmを計算するための手段でないというべきであり、被告の主張は理由がない。

二 争点2について

本願発明の要旨(ニ)の(2)の構成は、前記第二の一2(ニ)の(2)に記載のとおりである。

甲第5号証の1によれば、本願明細書には、予測遅れθ及びその影響を補償するための手段COMPRETについて、「可動系の速度vに対し測定速度vmの予測平均遅延θを補償し(vm+γF)が多少の程度こそあれ速度vに等しくなるような信号γFを発生するデバイス(ここで実際上時点tkoにおけるヘッドの実際の速度には等しくなく、時点(tko-θ)における実際の速度に等しいことが判った)」(本願公報8欄20行ないし26行)との記載、「予測平均遅延量θを補償する装置COMPRETの目的は、速度vmの測定値に対する該遅延量の影響を補償することにあり、信号γを受けて補償信号γFを供給する。量(vm+γF)=vを予測速度と称し、⊿vを速度差とすると、v-v=v-vm-γFとなり遅延補償装置COMPRETの特性は速度差⊿vが最小、即ち零となるように設定される。従って予測速度vは実際上磁読取り/書込みヘッドTELの実際の速度vに等しいと言うことができよう。」(本願公報14欄33行ないし42行)との記載があることが認められる。

これに対し、引用例には、第二の一3(2)(ⅳ)の記載がある。

そこで、本願発明の(ニ)の(2)と引用例記載の発明の(ⅳ)の技術内容とを比較する。

上記の認定によれば、本願発明の(ニ)の(2)は、可動装置の速度vを計算するための手段MESVITに含まれるもので、測定された速度vmの平均的な予測遅れθの影響を補償するための手段COMPRETに相当すること、このCOMPRETは、CALVITによって周期koT毎に算出される可動装置(ヘッド)の速度vmが、本来必要なkoTが経過した時点での速度ではなく、koT-θの時点の速度であることから、遅延補償装置COMPRETからの補償信号γFを供給することによって、遅れたkoT-θの時点に相当する速度vmを補償し、koTの時点の実際の速度vm+γFを得ようとするものであることが明らかである。したがって、COMPRETは、単に補償信号γFを出力し、koT時点における実際の速度vm+γFを得るための補償回路にすぎないというべきである。

これに対し、引用例記載の発明の(ⅳ)の技術内容は、引用例記載の発明において正確な位置決めを行うために、フィードフォワード位置制御システムとフィードバック制御システムとを組み合わせたもので、フィードフォワード制御信号をフィードフォワード電流発生器20において発生させ、これをフィードバック制御系に与えるものであること、そのフィードフォワード制御信号とは、フィードフォワード制御信号が100パーセント正確な場合には速度誤差が完全になくなるような性質の信号であることが明らかにされている。

したがって、本願発明のCOMPRETから出力される補償信号γFは、何か別の信号を補償するためのもの、すなわち、本願発明の可動装置(ヘッド)の速度vmのように実測された速度を補償するためのものであるのに対し、引用例記載のフィードフォワード制御信号は、そのようなものではなく、それ自身が主体的にヘッドをあるトラックから別のトラックへ最短時間で移動させるために必要な制御信号で、フィードフォワード電流発生器20はそれに必要な作動電流を出力するためのものであり、明らかに前者の補償信号γFと後者のフィードフォワード制御信号とは性質が異なる信号であるといわなければならない。

そうすると、本願発明の(ニ)の(2)と引用例記載の発明の(ⅳ)とが対応するとした審決の認定判断は誤りであるといわざるをえない。

三 争点3について

本願発明の要旨(ニ)の(3)の構成は、前記第二の一2(ニ)の(3)に記載のとおりである。したがって、本願発明の要旨(ニ)の(3)の技術内容は、可動装置の速度vを計算するための前記手段MESVITに含まれるものであるから、全体として可動装置の速度vを計算するための手段MESVITの域を出ないものであり、また、測定された速度vm及び補償信号γを加算するための手段ADDVであって、その和(vm+γF)は該可動装置の実際のV(=vm+γF)を算出するためのものである。

これに対し、引用例には、第二の一3(2)(ⅴ)の記載があり、引用例記載の発明の(ⅴ)の技術においては、点18でフィードフォワード制御信号とフィードバック制御信号とを加え合わせるが、このように両制御信号が組み合わされたものは、本願発明のADDVから出力されるような可動装置の実測速度とは異なり、ヘッドをあるトラックから別のトラックへ最短時間でより正確に移動させるための制御信号そのものであることが明らかである。

したがって、本願発明のADDVから出力される(vm+γF)と引用例記載の発明のフィードフォワード制御信号とフィードバック制御信号とを合算したものとは、信号としての性質を明らかに異にするものである。

そうすると、本願発明の(ニ)の(3)と引用例記載の発明の(ⅴ)とが対応するとした審決の認定判断は誤りというほかはない。

四 よって、その余の点の検討をするまでもなく、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、認容すべきである。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙

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